去る、平成24年9月4日、沖縄戦最後の激戦地「摩文仁の丘」にあり、同郷の4,105五柱の御霊が御鎮まりになる福岡県慰霊の塔前にて「大東亜戦争沖縄戦戦没者慰霊祭」が斎行され、福岡県神道青年会創立60周年記念事業が幕開けされた。 
当日、先発班の岩間副会長・鶴我研修委員・私の3名が斎場設営を担当した。祭具は、沖縄県神社庁から拝借したが、大榊・注連縄・神饌(日本酒・煙草・郷土の菓子)等は、福岡県から持参した。 11時45分ごろに当日班23名が斎場に到着。習礼、著装、手水を済ませ、12時30分、灼熱の太陽が照りつけるなか、森 大郎当会会長兼六十周年実行委員長が斎主を務め、福岡県神社庁より西高辻 信良庁長、波多野 盾夫・竹間 宗麿両副庁長、望月 司郎参事を来賓として御招きし、慰霊祭が斎行された。
祭詞奏上では、沖縄戦の戦況について言及をし、激戦の上散華され、国家再興の礎となられた英霊・戦没者の御霊に対し、感謝と慰霊鎮魂の誠を捧げ、我国と世界の平和を祈願した。次に「海ゆかば」斉唱、玉串奉奠と続き、斎主以下参員が拝礼をし、来賓を代表して西高辻 信良庁長、参加会員を代表して、神道青年九州地区協議会 真木 啓樹副会長がそれぞれ玉串を捧げた。奉仕者・参列者は英霊・戦没者に対し、感謝と哀悼の誠を捧げ、慰霊祭は終了した。 
同斎場にて、主催者を代表して森会長が挨拶を述べ、献杯。最後に、来賓を代表して西高辻庁長から御挨拶をいただいた。
同日夕刻より九州協主催の研修会が控えていた為、参加者はすぐさま更衣を済ませ、摩文仁の丘を後にした。 
今回、我々は沖縄の地で創立記念事業を執り行わせて頂いたが、沖縄県も今年の5月に、本土復帰40周年の佳節を迎えている。しかしながら、沖縄が現在抱える諸問題は深刻である。オスプレイ配備の是非についての議論は連日報道されているが、他にも、日本全国の米軍専用施設の70%以上が沖縄に集中している問題や米軍普天間飛行場の移設の問題などがある。その一方で、海軍増強を図る中国が、尖閣諸島の領有権主張を強めるなど、周辺海域の緊張は高まっている状況にある。経済面でも、自立への道のりは厳しく課題が山積みである。
沖縄県をはじめ、我国が抱える見て見ぬふりの出来ない諸問題に、我々は青年神職として、なにが出来るのか、どのように対処すべきなのかを真剣に考え、問題解決に向け努力をし、微力ながら国家繁栄の道程に貢献しなくてはならない。 今回の慰霊祭を御奉仕させて頂き、今に生かされている我々は、国難に殉じ、国の御盾となり散華された英霊・戦没者の方々や、今日まで我国を支えてきた先人達が築いた日本の平和、その史実を風化させることなく、次世代に伝える使命と、今の日本を守る義務を果たさなければならない。また、これからも「祈り」の実践に努め、10年後、20年後の我国や神社界の明るい未来を見据えた活動を展開していかなければならないと実感した。


渉外委員長 髙山 定史(櫛田神社権禰宜)